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『帝国の逆襲』シナリオ完成への道。その4 第三の男。

一般のファンが、ルーカスは「帝国の逆襲」の制作にほとんど関わっていないと考えたとしても無理はなかった。

ルーカスの名前は、映画終了後のエンドロールの4番目にようやく登場する。

脚本としてクレジットされているのは、リー・ブラケットと、



そしてローレンス・カスダンだ。



kinen.png


左から、監督アービン・カーシュナー、プロデューサーのゲイリー・カーツ、ルーカス、ローレンス・カスダン。




1979年の某日。


ローレンス・カスダンは、出来上がった「レイダース」の脚本をルーカスに届けるため、サンアンセルモへ向かった。


カスダンは回想する。

そこでルーカスは突然「最初の第一稿を書いたリー・ブラケットが亡くなってしまったんだ。

そもそも彼女が書いたものを、僕は気に入っていない。

「帝国〜」の脚本はまだ出来ていないんだ。

期日は迫っているし、


君が書いてくれないか?」


「でもあなたはまだ「レイダース」の脚本も読んでないじゃないですか。

もし気に入らなかったらどうするつもりです?」


「そしたら今夜君の家に電話するよ」



そして、この先はご存知だろう。



つまり彼の仕事は、ブラケットとルーカスが書いたものの改訂だ。


第4稿(2稿、3稿はルーカス)であり決定稿だ。






というわけで、めでたしめでたし。



   


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パクリ文献、クリス・テイラー著「スター・ウォーズはいかにして世界を征服したか」

ジョン・バクスター「ジョージ・ルーカス」、他。



『帝国の逆襲』シナリオ完成への道。その3 ルーカス、覚醒。

gl.png 


 


結局ルーカスはまた一から脚本を執筆しなければならなくなった。


 


 


 


 


 


 


しかしそれは本人もびっくりするほど早く楽な作業で、


第1作目のようにドア机の前で何時間もスランプに苦しめられることもなかった。


4月に草稿を書き始め、6月には書き終えていた。


 


そしてこの時書いた草稿で、初めてベイダーはルークの父。という設定が文字になる。


 


 


終盤ルークはレイアに告げる


「僕も行かなきゃならない。やり残したことがあるんだ」


「私がハンを愛してるって知ってるのね?」


「そうさ。僕はしばらく別の星にいたから。君にはハンがお似合いだ」


 


 


まさに「風と共に去りぬ」の世界だった。


このルーカスが書いた第二稿には我々が知っている多くのことが書かれていた。


 


冒頭は氷の惑星ホスにて帝国の侵攻に苦しめられる。


ハンは追手を逃れるため小惑星帯に突入する(これは前作の第一稿に書かれていたが、二稿で削除したシーンだ)


 


 


ルークは惑星ダゴバにヨーダを残し、ハンたちを


救出に行き、ヨーダに「別のものを見つけないとならない」と囁かせる。


 


クラウドシティでハンたちを出迎えるランド。ランドはクローンでなくなっている。


ハンはベイダーにつかまり拷問を受け、炭素冷凍される。


そしてボバ・フェットに引き渡される。


それは二作目でハンを殺してくれと頼んだハリソン・フォードを、三作目に登場させないための苦肉の策だった。


 


そしてクライマックス。


 


 


ベイダー対ルークのセーバーバトル。


その最中、ベイダーはルークを暗黒面に引きづりこもうとする。


 


「父と息子が手を組めば、私たちは銀河を支配できるのだ」


 


「なんだって?」


 


「私がお前の父だ!」


 


 


 


 


『がーん!!』


 


 


 


 


ルーカスはいつからベイダーがルークの父親としたのか?


 


ルーカスは「ベイダーがルークの父親だというアイディアは、ずっと以前からあった」と言っているが、同時に脚本の執筆では書くことで多くのアイデアが自ずと生まれてくることを認めている。


 


キャラクターが物語を乗っ取るのだ。


 


そして、そのあとで著者が、辻褄を合わせる。


 


 


 


 


おそらくだが、


この第二稿執筆過程で、次のようなことが起こったのではないだろうか。


 


 


 


 


 


このシーンで最も重要なのはルークが暗黒面に落ちてしまうかもしれないということだ。


 


ルーカスは、


 


ベイダーの台詞により、ルークの憎悪を掻き立てるものにしたかった


 


それはどうすれば良いのか?


 


 


ベイダーはルークの父を殺した(というのはすでに言明されている)


それを単に話を大きくし、家族全員殺したということにする、でもいいだろう。


 


 いや、それだけではまだぬるい。


 


 


 


ルーカスが大きく影響を受けたジョーゼフ・キャンベルの「千の顔を持つ英雄」にもこう記されてある。


 


「英雄と父親との和解は神話において必須であり、ほとんど宗教的な構成要素である」


 


と。


 


 


また、


 


「父親に会いに行く英雄が直面する課題は、恐怖を乗り超えて、魂を解放し、


この広大で冷酷な宇宙に存在する、


不快で不合理な悲劇が存在の威厳においては完全に有効であるという真実を悟るまで成熟することにある」


 


 


 


そして「父と息子が手を組めば、私たちは銀河を支配できる」というセリフが生まれた。


  これはベイダーガルーカスに書かせたものだ。


 


 


 


ベイダーはすでにジェダイを裏切り暗黒面に落ちた元ジェダイだと説明されていたが、


 


ではベイダーがそもそも、そのアナキン・スカイウォーカーだとしたらどうだろう?


 


それはオペラにも似た、芝居がかったレベルの裏切り物語になるはずだ。


 


 


これにより、例えばオーウェンおじさんやオビ=ワンやヨーダが、ルークが父親のようになることを心配した理由の説明ができ、ストーリーラインの冗長性が一挙に取り除ける。


 


 


 


 決まった!!


 


この時アナキン・スカイウォーカーとダース・ベイダーは同一人物になった。


 


続く。


『帝国の逆襲』シナリオ完成への道。その2 脚本完成の危機。

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Continental Divide』日本公開時の邦題は『oh!ベルーシ絶体絶命』) 

 

 の作者ローレンス・カスダンはロスアンジェルスの広告代理店でイヤイヤ働いていた。

「continen〜」には古典的なハリウッドの映画作法に対する深い憧憬が反映されていた。

 

たまたまそれを目にした、ルーカスの親友スティーブン・スピルバーグはスペンサー・トレーシーとキャサリン・ヘプバーン主演の「女性ナンバー1」などの40年代のコメディを思い出した。

それは彼のお気に入りだった。

 

スピルバーグは「ここに、若くハングリーで、しかも金のかからない、素晴らしい才能がいる」とルーカスに脚本のコピーを送った。

 

 

スピルバーグにはもう一つアイディアがあった。

彼はカスダンを呼んで話をした。

 

スピルがプロデューサーを務める、ロバート・ゼメキスとボブ・ゲイルの「抱きしめたい」を作る現場で初対面となった。

 

スピルは

今ジョージ・ルーカスと作ろうとしてる予定の連続活劇映画の脚本を君が書いてくれないか?」

 

「でもジョージは君に「アメリカン・グラフィティ2」の脚本を書いて欲しがっているが、僕としてはこっちに集中してほしい」





この連続活劇映画については説明の必要がないだろう

『レイダース 失われたアーク《聖櫃》』である。




1978年1月。

ルーカスはスピルバーグと、ローレンス・カスダンを招いた。

カスダンはスピルバーグに抜擢され、三人は「レイダース」のストーリー会議で集まったのだ。

 

 

 

 




1978年2月。

ブラケットが脚本の第一稿を提出した。

 

この脚本ではヴェイダーはルークの父ではなかった。

死んだアナキンがスペクトル形状で現れ、修行に励む息子を励ますくだりがあった。 

 

 

映画の半分は、故障したファルコン号でいちゃつくソロとレイア。

クラウド・シティの所有者ランド・カルジーは、行方不明になった自分のクローンの家族の話に思いに耽る。

ベイダーはルークに第1作のクライマックスにおいてトレンチからはじき出されたことを恨みに思っている(本当はソロがやったはずだが)

最後のシーンはソロが継父を探しに旅立つ。

 

 

 

 

 

ブラケットの脚本を読み終わったルーカスは、正直、ガックシ肩を落とした。

それは映画のイメージとは程遠いものだった。

 

ルーカスは断腸の思いで、後日ブラケットに正式にオファーの中止を告げる電話をした。

 

 

「言い難いなぁ〜」

 

 

 

ところが、ルーカスはここで驚愕の事実を思い知ることとなる。

 

 

 

 

この時、初めて彼女が重い病を抱えている身だと知ったのだ。

 

 

そしてその一ヶ月後、ブラケットは帰らぬ人となった。

 

 

彼女は末期ガンだったのだ。

だが執筆中、そんなことは一言も言わなかった。

ルーカスは映画のクレジットに彼女の名前を残すことにした。

 

 

「僕はブラケットのことがとても好きなんだ」「彼女は精一杯仕事をしてくれた」

 

 

 

『帝国の逆襲」はリーの遺作として永遠に残ることとなった

(だからルーカスはクレジットから降りたのかな?)

 

 

そして話は振り出しに戻る。

 

 

続く。


『帝国の逆襲』シナリオ完成への道。その1 ルーカス君、リー・ブラケット女史に会う。


スター・ウォーズ エピソード5 帝国の逆襲』


1980年公開


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脚本 リー・ブラケット ローレンス・カスダン



1977年公開の第1作「スター・ウォーズ」に続く第二弾。


これこそある意味一作目。


つまり、


記念すべき、続編作品の第1作目。


つまりつまり、今日まで続く、「スター・ウォーズ・サーガ」はこれで始まった。

この映画の製作、もっと極論すれば、脚本執筆時にこの長大なサーガが出来上がったということです。








「スター・ウォーズ、創始者であらせられる、

我らがジョージ・ルーカスは、一作目公開以降、度々公の場で言ってきました。


「この物語は全9話からなる長大な大河ドラマで、その中の一番ウケが良さそうな、4〜6話を最初に映画にしたのさ」と。



これはまあ、嘘ですね。


今作のプロデューサーでもあるルーカスの盟友、ゲイリー・カーツも言っています

(続編に関しても)ルークが新たな師を見つけ、より強力になったベイダーと戦う。そして、ハンとレイアとの三角関係など。

物語の骨子を考えていたに過ぎない」と。


ベイダーがルークの父という設定すらも。


(これはちょっと複雑です。

つまり

ルーカスはいつベイダーがルークの父だと思いついたか?


一説によると、ルーカスは第1作が公開されてまだ数ヶ月の頃、サンフランシスコで開催されたSF大会において、ファンとのQ&Aが行われた際、ダース・ベイダーはルークの父だとあっさり話しているという。

スターログ誌のビル・ウォーレンは、ルーカスはこのファンのコミニュティを利用して、情報がどれくらい早く広まるか調べようとしたと言っています)



早い話、一作目というか、まだ一作目という順番すらなかった「スター・ウォーズ」が、ルーカス自身もびっくりするような超特大ヒットにより、ついた自信からです。




映画ですから、ヒットしてなんぼ。


それも超特大ヒット。後からなんでも言えます。

何言っても許されます。




といっても、ただ言うだけのハッタリには終わらなかったのはすごい!

いやほんとそれはすごい!










では…。



1977年9月。

 

「スター・ウォーズ」公開から3ヶ月。

20世紀フォックスと有益な協定を結んだジョージ・ルーカスにとって、2作目のスターウォーズを作るために必要なものは全て揃っていた。が、

 

時間だけが足りなかった。

 

フォックスと交わした契約書には、ルーカスに続編製作の権利があるのは、

2作目の撮影は1979年までに開始しなければならないという注意書きがあった。

 

 

 

今回ルーカスは、脚本を書く気は無かった。

 

「アメリカン・グラフィティ」や「スター・ウォーズ」の時に味わった「産みの苦しみ」はもうごめんだった。

 

しかし大まかな概要だけはは考えてはいた。

 

全編敗北と絶望が描かれ、反乱軍は帝国軍に徹底的に追い詰められる。

ルークはオビ=ワンに代わる新たな師に付き、修行を受ける。

一方、ソロたちは、復讐に燃えるベイダーに宇宙の果てまで追い詰められる。

 

 

ルーカスは、当初はただ普通に「スター・ウォーズ チャプター2」と仮タイトルがついた続編の脚本を書いてくれるライターを探した。

 

そんな時、友人からあるSF作家を紹介される。

 

彼女の名はリー・ブラケット。

 

 

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当時62歳の、まるで田舎の金物屋でも経営してそうな、全然化粧っ気のない

簡素な女性だった。

 

友人からは、彼女はパルプSF小説を何作も発表している女性作家で、「彼女だったら君より酒場シーンの描写をよく書けるよ」と告げられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

早速ルーカスはリーに会ってみる。

 

一通り話した後、ルーカスはリーに尋ねてみた。

 

「ところであなたは、映画の脚本を書いたことはありますか?」

 

リーは、その質問に少々面食らいながらも答えた。

 

「ええ、あるわよ。

例えばハワード・ホークスに頼まれて書いた、「ビッグ・スリープ(邦題:三つ数えろ!)

「リオ・ブラボー」や「ハタリ!」。それから〜」

 

リーよりさらに面食らったルーカスは言った。

 

「あなたはあのリー・ブラケットなんですか!?」

 

 

「そうよ。だから私を呼んだんじゃなかったの?」

 

 

 

 

脚本家は決まった。

 

 

 

 

1977年11月、

ルーカスはブラケットと3日にかけてストーリー会議をした。

 

この席でまず最初に決まったのは、映画は氷の惑星からスタートし、その場面でルークが雪の怪物に顔面に一撃を食らうことだった。

 

1月に起きた、マーク・ハミルの交通事故により(顔どころか命までの危ぶまれる大事故だった)、顔の外見を変える理由が必要だったためだ。

 

 

そして、

 

ルークには新たにジェダイの師が必要になる。

この師は意外性がある、小さな人形のクリーチャーがいいと思った。

デススターが破壊されても帝国の脅威を描かなければならなかった。

皇帝についても触れておかなければ。

 

ダース・ベイダーは?

 

ベイダーとルークの間には解決しなければならないある重要な問題がある。

ベイダーはルークを見つけるため、レイアとソロを餌にする。

 

 

 

ブラケットとの会議でインスピレーションを得たルーカスは、

漠然としていたイメージに名前をつけた。

人形のクリーチャーは「ミンチ・ヨーダ」氷の惑星は「ホス」。

雪トカゲは「トーントーン」。

 

そしてタイトルがあっさり発表される

 

「スター・ウォーズ 帝国の逆襲」。

 

 

 

 続く。


メイキング・オブ・「2001年宇宙の旅」、のシナリオ。


まずはこちらをご覧ください。


スクリーンショット 2017-06-01 19.49.37.png


この遊園地の観覧車みたいな建物は、映画前半、キュア・デュリア扮するボーマン船長が、回転する宇宙船の中で重力に逆らいジョギングをする、わずか5分ぐらいのシーンのために作られた映画のセットです。


キュア・デュリアはこの回転する…箱?、、の中に入り普通にジョギングしてるだけです。


なんというか、これだけで、75万ドルかかったそうです。


映画って、すごいですね。







あすみません。シナリオの話でしたね。



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1957年、

アレグザンダー・ウォーカーは、映画「突撃」についてスタンリー・キューブリックにインタヴューを行なっていた。

 

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するとそこへ、キューブリック宛に映画のフィルムが届けられた。

それは日本のSF映画だった(タイトル知りたい!)

 

「今度は宇宙映画を撮るの?」

 

キューブリックは答えた。

「頼むから書くことに気をつけてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

1964年、

キューブリックはコロンビア映画のロジャー・カラスと昼食をとっていて、

キューブリックはその席で

今新作のシナリオの協力者を探すため、大物SF作家の作品を片っ端から読んでる最中だと

言った。

 

カラスは答えた。

「だったら最高の作家から当たって行けばいいじゃないか

 

 

 

アーサー・C・クラークだよ」

 

 

 

 

 

kuraku.png

 

カラスは早速クラークに連絡を取った。

 

 アーサー・C・クラークは当時40歳で、

1964年当時はアイザック・アシモフやロバート・ハインラインと同じくらいSF界では有名になっていた。

彼の「幼年期の終わり」はその分野の古典になっていた。

科学的工作を通して思索的な小説と多くの綿密に調査した本を出してきたクラークは、まさにキューブリックにとって理想的なパートナーだった。

 

「スタンリーとのコラボレーションは、私が経験した共同作業の中でも最高の一つだ」 

 

 

 

 

 

 

 

その頃キューブリックは地球外生命体に関する事柄に興味があった。

 

 

「地球外生命体の存在を信じ、その存在が近未来の地球に影響をもたらすと思うから」

 

 

キューブリックのマンションには、毎日のように空想科学や実際の科学の本が

箱詰めで届いた。

彼はその分野に没頭し、専門家も凌ぐほどの知識を身につけた。

 

 

 

 

キューブリックはクラークに会う前、クラークの著書を全て読んでいた。

 

 

 

 

 

1964年4月23日、

二人はニューヨーク、プラザホテル内にある、有名なレストラン、トレーダー・ヴィックで会う。

 

後世に語り草になるいいSF映画を作ろう」

 とキューブリック。

 

 

クラークは言った。

「彼には最初から究極の目標があった。宇宙と人間の関係を映画にしたいと思っていた」。

 

 

1964年。

それはアメリカ人宇宙飛行士が最後に宇宙を飛んでから11ヶ月後のことだった。

クラークは自著「失われた宇宙の旅2001」でこう言っている。

 

「NASAはこの映画の全予算(1千万ドル)を毎日のように使っている。私はスタンリーに良く言ったものだ。

このぶんだとこの映画が公開する前に人間が月を歩いてしまうぞ、と」

 

 

 

というわけで二人の最大の心配事は、この先数年の出来事により時代遅れにならないストーリーをひねり出すこと。

 

 

 

クラークはキューブリックに会う前、

自分の著書の中から「前哨」を選び、シナリオの叩き台に推薦した。

 

 

「前哨」とは、

若きクラークがBBCのSF小説コンクールに応募して落ちた短編小説だった(落ちたものを…)。 

 

物語は

宇宙飛行士が月の表面にピラミッドに似た謎の物体を見つけ、ひょっとして宇宙人からの何かのサインかなぁ〜?っていう、わずか9ページの短い話だった。

 

 

キューブリックもそれに賛成した。 

 

 

 

 

 

 

 

「時々我々しかいないと思う。時々そうではないと思う。

どちらにしても信じられないことだ。」

 

 

 

 

 

 

 

キューブリックは提案した。

「シナリオという骨折り仕事にかかる前に、想像力を自由に羽ばたかせるため、まずは

長編小説を書いてストーリーを膨らませようじゃないか」

 

まず小説から始め、終わり頃には小説とシナリオを同時進行で書かれ、

フィードバックは相互に行われた。

小説の初期の項に基づきシナリオが書かれ、それを元に撮ったラッシュを見、最終稿を手直しすると言ったことが各所で行われた。

 

 

キューブリックとクラークは1日10時間ほど企画に費やした

(二人の会話で創を練り、それを元にクラークが執筆)

 

キューブリックは猛烈な勢いでクラークのアイディアを却下し、クラークはクラークで、考える材料を補給するため、再びファイルを開き、他の小説もキューブリックに提案した。

 

 

 

キューブリックはクラークに電動タイプライターと用紙をたっぷり渡しセントラルパークのオフィスに閉じ込めた。

 

しかしクラークはある日チェルシーホテルに移った。

そこは執筆活動に向いていて、アーサーミラー、アレン・ギンズバーグ、ウイリアム。バロウズがいた。

 

小説執筆中も二人は毎日のように会議を行い修正を加えていった。

 

 

1964年5月28日 

スタンリーに思いつきを話す。彼らはもしかしたら機械であって、彼らの目には我々有機生物はおぞましい病気なんじゃないか。

 

それはイケる。 スタンリー手応えを感じる(クラークの日誌より)

 

 

 

最初映画は、惑星の発見と月の発見から始まるというものだった。

 

 二人は当初この映画に「太陽系はいかにして獲得されたか」というタイトルをつけた。

その後記者会見の席では、「星の彼方へ」

11ヶ月後「2001:SPACE ODYSSEY」 になった。

 

  

宇宙人がどのような形をしているか。キューブリックは人の形をしている。

キューブリックは賛成でクラークは反対だった。

 

 

「人間の進化の過程に起きたここの出来事はあまりにも特有だから、宇宙のどこを探しても我々のような形をした形の生き物は存在し得ない」

 

 

八月の終わりには3人の主要な登場人物が決まった。

二人は宇宙飛行士で一人はコンピューターだった。

 

 

 

 

 

8月17日

 

我らがヒーローの名前がとうとうきまった。デヴィッド・ボーマンだ

 

 

 

感のいい観客はHALがIBMの一字ずらした名前だと考えた。

 

「驚くような偶然」

 

HALの二つの学習様式である「発見的(heuristic)」と「アルゴリズム(algorithmic)」の頭文字をとったのだ。

 

キューブリックとクラークは、平均すると執筆に週6日、1日4時間をかけた。言い換えるなら2時間40分の映画に2400時間もかけた。その比率は1対900である。

 

小説はボーマンがスターゲートに入るところで終わっていた。

 

キューブリックは小説の草稿を使って

想定される制作費600万ドルでアイディアをMGMに売り込もうとした。

MGMのロバート・オブライエンは、少し躊躇したが、

 

彼にはわかっていた。

もしこの企画を断ってもいずれどこかのスタジオがこれを買うだろう。

 

オブライエンはキューブリックの宇宙映画に600万ドルかけることに決めた

(最終的には1千万ドル)

1966年末か1967年の春を公開予定とした(実際には68年春)

1965年9月、

キューブリックはディスカバリー号の行き先を木星ではなく土星に変えようとしたが、特殊チームは木星旅行に3ヶ月も準備していた。

 

パニックを起こしたチームに「はぁ〜!?」

と言われ、

「あ、ああいやごめんごめん、やっぱ木星でいいっす。そのまま続けてください!」

と言って木星に戻した(小説版は土星)

 

 

10月3日、

クラークはキューブリックに電話して映画のエンディングで

ボーマンを胎児まで退行させるべきだと告げた。

 

「彼は最後に周回軌道に乗った赤ちゃんになる」

 

クラークが思いついたアイディアでスターチャイルドが最後、核兵器で地球を爆発させるというものがあり、それは彼の出版した本に紹介され途中まで撮影台本にもなっていた。

キューブリックは「博士の異常な愛情」と似た結末になるので考え直した。

 

2001年の宇宙を正確に描こうとするキューブリックは偏執狂的だった。彼は航空分野における一流企業や政府機関、欧米の様々な企業を周り、彼らの描く未来予想を聞き出した。

 

彼はまた膨大なテープレコーダに映画のまばらなセリフを吹き込み、彼の秘書たちはそれを書き起こし、脚本の原稿がいくつもできた。

 

また、制作のメモを小さいノートに書き留めた。彼はノートを最も適した紙を見つけるため、大手製紙会社の商品全てのサンプルを注文するほどだった

 

 

 

キューブリックはクラークの小説を手直ししながら、同時に撮影台本も書いた。

 

 

 10月5日 ボーマンがなぜ結末で赤ん坊になるか、そのロジカルな理由がひらめいた。

これは成長段階における彼の自己イメージなのだ。

 

スタンリーはあまり感心してくれない。が、私は浮き浮きしている。

 

10月15日 スタンリーの判断で、ディスカバリー号のクルーは皆殺しと決まり、ボーマンだけが生き残ることになる。

 

10月26日スタンリーと彼の最新アイディアを議論。彼はディスカバリー号を原資パルカスに推進しようという。最新機密解除された報告書を読み、大いに感心する。だがデザインチームは大慌て。

 

11月10日 スタンと、デザインチームに伴われ、軌道上を飛ぶ宇宙船に入るが、うっかり口を滑らし、

コックピットが中華レストランのテーブルに似ていると言ってしまう。

スタンはすぐに改装を命じた。

美術部に近づくのはまずい。

 

 

 

1965年のクリスマス。

事態は急変した。みんな休日返上では働いている。

月に発見されるモノリス、TMA・1発掘の巨大セットはシェパートン撮影所に構築されている。

ところが新年の第1週目にはこれを取り壊さないと、次のセットを入れることができないのだ。人とモノリスの第二の出会いを描くのに、スタンリーには一週間しか撮影日数がないことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 1965年12月26日。

クラークは完成した脚本をキューブリックに渡した。

キューブリックはセリフが長すぎると電話した。

 

キューブリックはこの映画をセリフではなく映像で語りたかった。

上映時間139分でセリフのシーンは46分しかない。

 

1966年1月8日。

 1日3千語。本の中でも一番ワクワクするコンピュータが狂い始める場面では背すぎが寒くなる。

 

1月14日 「地獄」の章を終え、ボーマンをホテルルームへ送り込む。さて次は彼を出さなければ。

 

 

1月16日

結末部分の第一稿を書き上げる。

 

1月19日

スタンリーから電話。

結末部分はいい出来で、映画のストーリーも固まったと告げられる。

 

それから、小説を出版社に渡す最終稿へのキューブリックの承認を取り付けるクラークの

苦労が始まった。

 

4月2日 私としては小説は完成した。

 

二日後、スタンリーから、「まだ出せる段階じゃない」と言われる。

 

 

 

 

 

1966年7月。

キューブリックはクラークに9ページ37項目にわたる小説の批評を書いた。

 

結局キューブリックはグダグダと出版の契約書の署名を拒み続け、ようやく許可したのは映画公開のあと数ヶ月後、小説は1968年の夏に出版された

(これはキューブリックが映画のネタバレを公開前に知られたくなかったからと言われている)

 

 

 

 

 

 

そして出来上がった映画は、説明を補うためのナレーションを、キューブリックが独断で

 

カットしたことにより、摩訶不思議な映画になった。

 

でもキューブリックの思惑通り、「何年も語り草になる映画」ができた。

 

 


シナリオ研究 第27回『2001年宇宙の旅』

2001pos.png


 


 


1968年 アメリカ映画


脚本 スタンリー・キューブリック アーサー・C・クラーク


 


主演 キュア・デュリア


 


 


 


ハイコンセプト


木星探査が任務って聞いてたのに、エライ目にあう。


 


 


 


 


400万年前の地球。


猿人グループが、キャーキャー言ってたら。


 


 


第一プロット・ポイント


目の前に石版モノリスが現れる。18分。


 思い切って触ってみる。


 


 


 


しばらくして骨をいじってたら、「あれ?これいいべ」


 


その骨でムカつく奴を撲殺。


人類最初の殺人。最初の仲間への暴力。


 


 


saru.png


 


 


その骨を投げたら画面はいきなり2001年の宇宙。


優雅に飛んでいるのは実は核ミサイルらしい。


(つまり武器の歴史) 


 


月へ向かう宇宙船。


フロイド博士、「なんか月で異変らしいけど、なんか伝染病とか」と問われ、


「さあ」と答えを濁す。


33分。


 


フロイド博士、会議の前に「伝染病はうっそっぴょ〜ん。だってほんとのこと言ったらみんなビックリしてパニックとか起こされたらめんど臭いしぃ〜」


 


 


 


 


45分。


 


 


ミッド・ポイント


「何者かが400万年前にこれを埋めたらしいよ」


 


月に降り立つフロイド博士。


モノリスがそびえる。


huroid.png 


突然、超音波に苦しめられる。


54分


 


 


 


ディスカバリー号。


木星探査チーム。


やっと主人公デヴィッド・ボーマン登場。


 


コンピュータHAL、アンテナが壊れたと嘘らしいことを言う。


 


「マジかぁ〜」


「コンピューターのくせに人間に嘘ついた」


「あいつがこれを動かしてるんだぜ」


「とりあえずあいつの接続を切ろう」


1:27分


 


全部筒抜け。怒ったHALは乗組員全員皆殺し。


 


ボーマンダだけ、知恵を使って逃れる。


で、仕返しにHALの接続を切る。


するとモニターが映り、フロイド博士が


 


 boman.png


 


 


 


 


第二プロット・ポイント(多分)


 


 


「実は君たちの任務名は嘘で、本当は別なんだ。ごめん」。


1:57分


 


 


まばゆい光の洪水、俗に言うスター・ゲート。


ボーマン、突入。


 


突然、ホテルの一室。 


 年老いたボーマンがベッドに横になると傍にモノリス。


 


rokoko.png


 


地球の軌道上に巨大な赤ちゃん、スター・チャイルド。


 


終わり。


 


 


 


 


解説


 


みなさんおわかりのようにモノリスとは、


宇宙人が人類に送り込んだ知恵袋。


 


で、


 


人類とコンピュータの知恵比べで勝ったのはボーマン。


だから宇宙人の元へ招かれた。


 


そこで人間のボーマンは急に年を取りそのまま死ぬ。まあ、ある意味脱皮。


 


そして超人スター・チャイルドとして生まれ変わる。


 


 


 


 


 



でも何のため?


実は小説版にはこれに続きがあり、スター・チャイルドが、空の上に浮かぶ、最初にも出てた核ミサイルたちを「えいっ!」とぶっ壊すシーンがあり、当初映画もそうしたかった。


でも当時の技術ではそれが撮れなかったというわけ。



つまりテーマは核兵器であり最終戦争。


この映画が難解に作られた理由の一つが、前作「博士の異常な愛情」と、また同じテーマかと思われるのをキューブリックが心配したから、だと言われています

(「博士〜」は、人類が滅亡して終わるが、今度は宇宙人に救いを求めようっていう、

希望があるっちゃああるけどね)






追伸:


余談ではありますが、この映画は最初の公開時は興行的にあまり芳しくなかったと

聞きます。

それが何回目かのリバイバル公開を経て、ようやく黒字となったらしいです(これもこの映画を象徴するエピソード。

複数回のリバイバルに耐えられる作品であり、何度も見ることよって、ようやくその良さがわかる)

 

なぜ不評だったのでしょう?


難解だったから?


まあそれもあるでしょう。

それだけではなく、これ、映画配給会社は一種の観光映画として宣伝したのです。

つまり、「未来世界ではこんな楽しい宇宙旅行ができますよぉ」的な。


なもので、子供から大人まで家族連れをターゲットにして宣伝しちゃった

(まあ制作費1千万ドル映画だからしょうがないけどね)



そしたらいきなり…、猿と石版。


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『なんじゃこれ?』


そして最後には巨大な赤ちゃんが出てきて終わっちゃった。


『ふざけんなっ!』


でしょうね。










例えば、

今の若い観客がこの映画を初めて見たとして、上記の石版や赤ちゃんを見ても、それほどのインパクトはないでしょう。











それはなぜか?






おそらくその人たちはこの映画を見る前、




「超難解な芸術作」




「映画史上に残る名作」


と事前情報を踏まえて見るからです。



シナリオ研究 第26回『テルマ&ルイーズ』

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1991年 アメリカ映画


脚本 カリー・クーリ


主演 スーザン・サランドン ジーナ・デイビス 


ブラッド・ピット ハーヴェイ・カイテル


 


 


 


ハイコンセプト


中年女性二人の逃避行。


 


 


 


 


姉御タイプのルイーズとまだ子供みたいなテルマ。


 週末を利用して二人で小旅行。


 


 


第一プロット・ポイント


たまたま立ち寄った酒場でテルマを救うため


(ここがミソ。誰が誰を助け、誰のせいでそうなったか。そしてその後、その形はどう変わるか)、誤ってルイーズが殺人(でも完全な誤射でもない)。


 


 


 


 


思い出作りの小旅行が一変、逃避行へと変わる。


 


 ブラピ(災い)を拾うテルマ。


 


ブラピから強盗の手引きを教わる(伏線)。


 


次テルマのせいで有り金盗まれる。(おあいこ)。


 


 


 


 


ミッド・ポイント


コンビニ強盗。


 


テルマとルイーズの立場が徐々に逆転。


 


 


 


 


 


第二プロット・ポイント(多分)


 


ムカつくダンプのおっちゃんをいじめる(やりすぎ。一線を越える。もう許されない)。 


 


崖に飛び込む。


 


終わり。


 


 


 


 


 


 


名もなき主婦の逃避行。


だけではなく、ほんの些細な小旅行が、突然一変するというのがミソ。


 


と、三宅隆太さんの本に書いてありました。 



続編映画のシナリオはつらいよ。の巻。

 


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1992年公開、アメリカ映画エイリアン3』


 


もはや説明不要のSFホラーの金字塔。


 


その第三作目。


前二作がいずれも大ヒットの高評価。


あまりにも高いハードル、大きなプレッシャーの中スタートしたプロジェクトは、数多くの紆余曲折を経た、いわくつきの作品として知られている。


 


 


まずはこの映画の脚本クレジットは、ウォルター・ヒル ディヴィッド・ガイヤー そして、ラリー・ファーガスンの3人になっていますが


 


 そして原案が、ヴィンセント・ウォード。ということになっていますが


 


 


 


 


 


 


 プロジェクトの陣頭に立ったのは第一作のプロデューサー・チーム、


ウォルター・ヒルデイヴィット・ガイヤーでした。


 


 


二人はこのシリーズをただの金儲け映画にはしたくないと思っていた。


もっと美術に重きを置いた芸術的な映画だと。


 


それがそもそもの混乱の原因だった


 


 


 


 


まず二人が声をかけたのは、当時「ニュー・ロマンサー」でSF小説にサイバー・パンクという新風を巻き起こしていた、ウイリアム・ギブソンでした。


 


(ヒックスとビショップが主人公になる物語で、リプリーは昏睡状態のまま目覚めないが4人全員が生還するというシナリオだった。


ーウィキペディアから添付)


 


 


彼は1年にわたり執筆に費やしたのですが、結局全2作の呪縛からは逃れられず、その後「やぁ〜めた』と言って、企画から降ります。


 


彼のアイディアで唯一生かされたのは、人間の頭にバーコードを刷り込むというものだけだった。


 


次に招かれたのは『ヒッチャー」や「ニア・ダーク」で、


スタイリッシュで陰鬱な作風で知られる脚本家、エリック・レッドだ。


 


彼が前二作に対抗できるアイディアとして打ち出したのは


遺伝子操作というものだった。


 


生存者はおろか死体すらないスラコ号がウェイランド・ユタニ社が経営する農業コロニーに到着するというもの。エイリアンと戦うのはサム・スミスという農夫の青年であり、後にサイボーグとなった彼は様々な家畜(牛、鶏、豚など)から生まれたエイリアンと白昼、西部劇よろしく戦う


ーウィキペディアから添付)


 


 


この頃監督として呼ばれたのは「ダイ・ハード2」で知られるレニー・ハーリン


だった。


1988年暮、わずか5週間の契約だったレッドはハーリンと共に想を練り、翌年1月に脱稿するが、出来上がった脚本を、ヒルとガイヤーは気に入らなかった。


 


 


 


 


醜い罵り合いが続き、ハーリン、続いてレッドが降りた


(出て行くときに『この分からず屋っ!」と言ったとか言わないとか)


 


3人目の脚本家として指名されたのは、のちに「逃亡者」で名を挙げた


デイヴッド・トゥーヒだった。


 


彼が書いた内容は、犯罪者惑星を舞台にした、いわば往年の脱獄映画とエイリアンをハイブリットさせたような趣の物語だった。


 


(刑務所衛星を舞台に企業が培養したエイリアンが暴走するというストーリーで、主人公は収容されている囚人だった。


極めて宗教色の強いストーリーであり、地球は既に滅亡しており、聖書の教えに従って生きているごく一部の人間が木製のコロニーで中世さながらの生活をしていて、そこにエイリアンに汚染されたスラコ号の脱出艇とリプリーだけが到着するという内容だった。羊から生まれたシープ・エイリアンを筆頭に、シャーク・エイリアンや麦や木目調に擬態するエイリアン、リプリーを魔女と呼んで殺そうとする人物から生まれるヘッド・バスターなる新種がいたりする。


ーウィキペディアから添付


 


ヒルとガイヤーはそれを気に入ったが、問題があった。


実は先のウイリアム・ギブソン、エリック・レッドもそうだったのだが、これらのシナリオにはシガニー・ウィーバー扮するリプリーが登場しないのだ。


 


実はこの時すでに4作目の制作が決まっており、一作ぐらいウィーバーに休んでもらおうとというのがヒルたちの考えだった。


 


しかし配給の20世紀フォックスは、「ウィーバー無くして続編なぁ〜し!」と通告して来る。


やむなくトゥーヒはリプリーを主人公にしたニュー・バージョンの執筆に取り掛かる。


 


 


一方、ヒルはカンヌ映画祭で新しい才能を発見する。


ニュージーランドのヴィンセント・ウォードだ。


 


ヒルが見たのはウォード監督脚本88年公開『ウイザード』だ。


そのダークで鮮烈なヴィジョンに新たな可能性を見つけたヒルは、フォックスを説き伏せ、フォードをハリウッドの招く。


 


 


ところが今度はウォードがトゥーヒの脚本が気に入らない。


舞台を修道院にすると言い出した。


 


それはリプリーが、木造の風車などがあるが武器が一切ない修道院惑星に漂着し異分子として孤立するというもの。


 


これはそれまでのアクション路線だったシナリオからは一大変換点だったが、この一見突拍子もないアイディアはなんと二人に受け入れる。


 


 


 


その後、ジョン・ファザーノがウォードの物語を直す役で雇われた。


 


そして修道院のウォードも(でも、原案でクレジットを勝ち取る)降りる。


 


 


 


修道院云々にこだわるあまり、エイリアンやリプリーをないがしろにしてしまったのがが理由だった…。


枕を共にしてファザードも抜ける(ファザードはこれが縁でヒルの監督作『48時間2」の脚本に招かれる)


 


その前か後かわかりませんが、ウォード達には内緒でこそこそ執筆を続けていたトゥーヒもこの頃抜ける。


 


 


ファザーノが残したシナリオを第5稿まで発展させたのはグレック・プルースだ。


 


撮影期間が迫り、ロンドンにセットを作った。


 


 


そうこうするうち、プルースも抜けた。


 


 


ここで急転直下、撮影間際になって監督だけが決定した。


 


当時27歳の新鋭デヴィッド・フィンチャーだ。


天才と呼ばれるこの男はマドンナの『ヴォーグ」などのPVやナイキのCMで評判になったMTV出身組。


この新人監督に5千万ドルの大作映画を任せるのは空前の出来事だった。 


 


一方 最終的な脚本はウォルター・ヒルとデヴィッド・ガイヤー、そしてヴェテラン、『ビバリーヒルズ・コップ2」のラリー・ファーガソンが50万ドルで雇われ、それまでの脚本家が残した様々な痕跡をあーだこーだつなぎ合わせて、5週間で仕上げた。


 


 


エイリアンがペストの隠喩であるというのが明確にされ、それはまたフィンチャーの言によれば、リプリーと修道士を「白雪姫と7人の小人」に見立てた寓話性のある知的なものだった。


 


 


ところがこれがウィーバーは気に入らなかった!(本作のプロデューサーでもある)


 


そしてヒルとガイヤーは、トゥーヒのバージョンを折衷したものに書き換えた。


 


ようやく脚本が完成したのは、撮影の2週間前だった。


 


で、フィンチャーだが、こいつが新人のくせにイエスマンには程遠い、めんどくさいやつだった!


 


ヴィジアルにこだわるあまり撮影日数は伸び、数百万ドルの追加予算。主演のウィーバーと喧嘩、挙げ句の果てにはヒル達が休暇でいない間に、レックス・ピケットという脚本家を新たに雇い、当然それがバレる。


 


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混乱に混乱を極めた制作費6千万ドルの映画は完成し、いざ蓋を開けたら反響は


散々だった。


 


フィンチャーはゴタゴタに嫌気がさしその後2年間映画に関わろうとしなかった。


 


っても、失敗というほどの興行成績ではない。


性懲りも無く5年後には「エイリアン4」が公開された。


 


お〜しまい。


 


 


 


 


 


 


 


参考文献「映画監督の未映像化プロジェクト」の高橋実さんの文、丸パクリ。



シナリオ研究 第25回『エイリアン』

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1979年 アメリカ映画


脚本 ダン・オバノン


主演 シガニー・ウィーバー他


 


 


 


ハイコンセプト


未知の怪物に襲われる宇宙船員。


 


 


 宇宙。


一艘の宇宙船。


乗組員目覚める。 4分


 


みんなで食事。


メンバーと状況紹介。


地球に帰還途中。


 


突如、ある星からSOS信号。 10分


向かう。


 


着陸。15分


宇宙船、故障「修理に25時間かかる」(セット・アップは整った)。


 


3人外へ。18分


 


探索。


スペース・ジョッキー、見つける。25分


「異星人の死体だ」


 


第一プロット・ポイント(多分)


リプリー「これSOSじゃなくて、警告みたいよ」


アッシュ、無視。


 


卵見つける。 30分


 


襲われる『キェーッ!」。 32分


 


3人帰還。


リプリー(良いモノ)、入船拒否。


アッシュ(対比。悪モノ)、無視して入れる(伏線)。


 


 顔から剥がそうとすると酸の血でパニック。


「船に穴が開くー!』


 


「とんでもない化け物だぞー!」


 


リプリーと口論。


「あなたが命令に背いたせいで!」


「貴重な生き物だよ」「持って帰る? どうかしてる」


いつも正しい決断をするリプリーと、それを邪魔するアッシュ。


 


気がつき。みんなで食事。


アットホームに和んでいると、突然暴れ出し、腹を突き破る衝撃シーン(役者には事前に何が起こるかあえて教えなかった)。54分


 


みんなであちこち探す。


 


「猫ちゃ〜ん、出ておいで」で、後ろからガブリ。


1:5分


 


三人目の犠牲者。1:13分


 


ミッド・ポイント


戦いモード。


 


『マザー』から真相を教えられる。


 


アッシュの本性が暴かれたあと情報を聞き出す。


全部仕組まれていた。


全員エサ。1:25分


 


脱出シャトルの準備。


「アホらし、逃げる」


 


4人目、5人目の犠牲者。残るはリプリーと猫ちゃん。


わざわざ探しに行く。どこまでもいいキャラ。


 


 


第二プロット・ポイント(多分)


自爆装置セット。 


脱出、船爆破。


 


「やっつけた」と思いきや、どこから潜り込んだのか。で、なんか挟まってじっとしてたら、最後の対決。


外へ追い出す。1:48分


 


 報告終了。で、寝る。


終わり。


 


 


 


「ジョーズ」ミーツ「2001年宇宙の旅」


かな?


 


リプリーは最初の脚本では役柄が男だったらしい。


理由は、


1970年代当時、それが普通だったから。


 


でも監督のリドリー・スコットが「あれ、これ女でも別にいいじゃな〜い?」となった。


で結果、女と男が対等に活躍する当時としてはかなり画期的な映画になった。


 


時代を感じるエピソード。


 


もしかしたら「悪魔のいけにえ」の影響か?


 


ホラーは嫌いだけど、このシリーズだけは別という人が結構いますが、理由は、エイリアンが美しく登場するからだと思います。


 


 


 



若き今村昌平。戦争にまつわる、あまりにも、あまりにも切ない話。

カンヌ映画祭グランプリに二度も輝いた、日本を代表する映画監督今村昌平(1926~2006)。




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その自伝「映画は狂気の旅である」を読んで、今も忘れられない強烈なエピソード。


日本が戦争まっただ中の昭和19年。今村昌平は中学生でした。

昌平少年には12歳年の離れた、洋一という兄さんがいました。


洋一は大学在学中に芝居にハマり、父に勘当されても芝居の道に進んだ、末っ子の弟昌平に優しい兄だったそうです。


そんな彼にも、ついに召集令状が届きます。

戦争に取られたのです。


見送りは京王線、幡ヶ谷駅のホーム。

中学生の昌平、そして洋一の妻、そして3歳と5歳の息子たちだけの寂しいものでした。



上の息子は終始下を向き、歯を食いしばって必死に耐えている様子でしたが、


下の子は泣きじゃくり、戦争へ旅立つ父に向かって、こう叫びました。







「僕も一緒に行くー!」











シナリオ研究 第24回『ターミネーター』

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1984年 アメリカ映画


脚本 ジェームズキャメロン ゲイル・アン・ハード


主演 アーノルド・シュワルツェネッガー リンダ・ハミルトン他


 


 


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ハイコンセプト


未来から来たメカ殺人鬼に命を狙われるヒロイン。


 


 


 


2029


 戦争時の未来。


 


そして舞台となる現代のロサンジェルス(夜) 


 


別々の場所で、二人の謎の男が現れる。


一人はいきなり通り魔殺人で悪役とすぐにわかる。


もう一人はひ弱そうな平凡な男子。


「今は何年だ!?」といった核心をつくセリフ。


 


 


0:12(昼)


サラ・コナーの冴えない日常。


 


男、二人ともそれぞれ銃を携帯(対比映像)。


 


ターミネーター、一人目のサラ・コナーを確認と同時にいきなり殺害。


 


 


サラ、一人で外出。バーに入店。


カイル、後ろからつけてる。


 


サラのルームメイト、身代わりにシュワに殺される。


運悪くサラから留守電話。


「なんだこいつじゃなかったの…」


 


 


サラ、バーから警察に電話。


「みんなのいるところは一番安全だ」(伏線)


 


0:36


第一プロット・ポイント


シュワがサラに狙いを定めた直後、当初怪しいと思われていた男、カイルがシュワを撃つ(謎が溶け出す)。


撃たれても不死身。


 


バー、大惨事


 


カイルの名台詞「助かりたければついて来い!」


 


逃走


 


サラと未来とターミネーターの説明。


 


 


カー・チェイス


 


二人、警察署に連行。


 


シュワ、自分で寂しく傷を手当て。


 


署でカイルが長々説明(面白いのであまり退屈は感じない)。


 


「署は安全だ」伏線2


 


シュワ、I'll Be Back


(なんと憎まれ役の精神科医がただ一人難を逃れる!)。


 


署、大惨事。


 


ミッド・ポイント


カイル、サラ(もはや頼れるものはこの男しかいない)、二人で逃亡。1:04


 


サラ、カイルの傷の手当て(最初の[黒ハート])。


 


第2プロット・ポイント


しばらくして結ばれる(これがオチにつながる)


 


 


最後の戦い。サラ、カイルに『さあ、立って!』


(立場が逆になり、成長が示される)


 


カイル、殉死。


 


サラ、一人でシュワを撃退。


 


オチ


サラ、妊娠してる(カイルがパパ)。


 


THE END





見所:

人類の存続のカギを握るヒロインが、当初なんの変哲も平凡な女子っていうギャップ。

それが強い女性に成長するきっかけが未来人により、…って、しかもあろうことか、実はその人がお父さんって、なんだかややこしいが、まあ面白い。


そして、ヒーロー、カイル・リース。

どんなことがあっても命がけでヒロインを助ける自己犠牲

しかも写真で一目惚れしたとか言ってる)

そして二人間を引き裂こうと(?)するシュワ。


サラとカイルとターミネーターの三角関係はメロドラマとしても見れます。




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さすがはジェームス・キャメロンと共同で脚本を書いたゲイル・アン・ハートの女心が出ている?


豆知識

ジーザス・キリストとジョン・コナーはイニシャルJ・Cが同じ。


サラはマリア様。カイルは、マリアに懐妊させる告知天使。

シュワはキリストの誕生を恐れて、幼児を無差別に殺したヘロデ王。

が元ネタだそうです(ほんとかなぁ)。


メイキング・オブ・「アメリカン・グラフィティ」後編

第11章

ポストプロダクション

 

 ウルフマンのラジオ番組を作品のバックボーンにするというのは音響デザイナー、ウォルター・マーチのアイデアだった。

マーチは、このDJとともに、CM、リスナーとの電話、遠吠え、その他の奇行を

完備した、2時間のスタジオ・セッションをレコーディングした。

あたかも通り過ぎる車から聞こえてきたような、弱くて遠いくぐもった音にするため、彼はテープレコーダーにつけられたスピーカーでテープを再生し、野外で、手持ちマイクを使って録音した。


伝説によると、このミキシング作業中、ルーカスは「リール2、ダイアローグ2」が、フィルム缶には「R2ーD2」と略されているのに気がついた。

「いい名だ」と言ってノートにメモ書きしたとか…。


4人の話を同時並行で語る編集プランは問題が多かった。

編集は妻マーシャに任せるつもりだったが、タネンは彼が昔から信頼している

バーナ・フィールズ(一番有名な仕事はジョーズ)固執した。

マーシャはアシスタントに回った。


そして当初から問題だった音楽使用料の件だが、

まずプロデューサー、ゲイリー・カーツが以前かかわった映画『断絶』にて、

ビーチ・ボーイズのデニス・ウィルソンと共演していたコネを使い、

ビーチ・ボーイズの楽曲を一曲2000ドルの低料金での使用許可に成功。

これを突破口に、全ての曲をこれと同額でレコード会社に受け入れさせた。


それでも数が多いと額も膨大になる。

スタジオ側は選曲を半分にしろと言った。

 

…しかしこれは後に、スタジオのオールド・ハリウッドどもはとっても後悔することになる。

なぜなら「アメリカン・グラフィティ」のサントラは、この映画の最も利益を生み出す副産物になるのだから。




『くっそぉ〜、1500曲ぐらいにしときゃ良かった!』



第12章

 ついに第一回試写会!


1973年1月23日、

サンフランシスコにある劇場で、関係者から一般客まで800人を招いた 

「アメリカン・グラフィティ」第一回試写会が行われた。


コッポラ、ルーカス、カーツなどはもちろん、ユニバーサルの連中も会場に

集まった。

ルーカス派遣団が乗ったサンフランシスコ行きの飛行機に、タネンたちも同乗していたのだが、なぜかタネンはあえて離れて座った。

その後迎えに来たタクシーも、タネンはルーカスたちと同乗するのを拒否した


会場は老若男女、様々な世代の人が満遍なく集められていた。

上映が始まると、「ロック・アラウンド・ザ・クロック」の第一音が鳴った瞬間から、会場は熱気に包まれた。


観客が気に入ったのは明白だった。


上映が終わると、製作に関わった全員がロビーに出て、客たちの雰囲気を探ろうとした。





そこで、事件は起こった。




ロビーでルーカスたちとタネンたちはこの会場に来て初めて顔を合わせたのだが、実はタネンはその日、朝から立腹状態だった…。


まず最初に口を開いたのはコッポラだった。

何も知らないコッポラはタネンに気楽に話しかけた。


「映画はどうだった?」


タネンは答えた

 

 

第13章

『君たちには失望させられたよ!』


「こっちは散々骨を折ってやったのに、君たちには失望させられたよ!」


タネンは映画を観る前からカンカンだったのだ

彼がカンカンな理由はこうだ。

 

1970年「イージーライダー」の成功で始まった若者映画プログラムだったが、

その3年後には、

映画界は、完全に撤退していた。

スタジオは代わりに既に名のあるスターを使った、犯罪、暴力映画(エクソシスト、荒野のストレンジャー、ジャッカルの日、スティング、この年最大のヒットはポセイドン・アドベンチャー)

に力を注いでいた。

この時期に若者映画なんてバカバカしいとしか思えなかった。
73年にはアメグラは唯一の「若者映画」だった。



ロビーで一人激オコぷんぷん丸のタネン。
ルーカスとカーツはショックで口もきけなかった。



そして最初に口を開いたのは、…コッポラだった。

「あんたはそこでジョージに感謝するべきなんだ!」
「こいつは自分の身も顧みず、これをあんたのために
作ったんだ。
ちゃんとスケジュール通りにな。それだけでも感謝
しなければならないんだ!」


コッポラはリーダーらしくバシッ!と言った。






「あの時はフランシスを誇りに思えたよ」




「ワーナーが「THX」に手を出した時は彼に随分世話になった。
でも僕はそのことに恨みを持っていたんだ。
“あいつらに僕の映画をカットさせるのか?” “あいつらを止めてくれないのか?”
って。
グラフィティができた時も、どうせまたと思っていたんだ」

ルーカスは深い感銘を受け、以前の失態は完全に払拭されたのだ






件はここで終わらない。

引き続きコッポラはこうも言い放った。

「じゃあ、私がこの映画を買う!」

そしてジャケットの裏に手を伸ばし、まるで財布か小切手でも取り出すかのような
ジェスチャーを見せた!











…見せただけだった。



コッポラさんは普段小切手を持ち歩きません」
とは当時のマネージャーの証言。



…残念ながら、ハッタリだったのだ。



だがこの時のコッポラは確かにかっこよかった。

めちゃくちゃかっこよかった、この時は、









しかしここで本当に買っていれば…!


第14章

お蔵入りの危機


カーツが一番、激おこぷんぷん丸に近い存在だった。

納得いかないカーツは後日タネンの元へ。


「一体何が気に入らないんだ?!」

「あれはまだ公開できる代物じゃな〜い」

「会場は大盛況だったじゃないか!」

「サクラでも仕込んだんだろ」

「ふざけんな! こっちはどれだけ苦労して集めたと思ってるんだ?!

もう一度試写をやるからどこが悪いかはっきり言ってくれ!」


後日行われた試写の後、タネンはもう少し冷静になっていた。

彼は4箇所のカットを要求してきた。




テリーが、中古自動車屋の店長に絡まれる意味不明なシーンと、ダンスパーティで注意してきた先生にスティーブが「もう卒業してまぁーす」という、大人はカチンとくるシーン。

ハリソン・フォードが、車の中で下手くそな鼻歌を歌うシーン。

そしてジョンとキャロルが廃車場で語るシーンだ。





廃車場のシーンは最終的にカットを逃れたが、タネンのいい加減さにルーカスは激怒した。

タネンも、ルーカスが激怒したことにまた激怒した。


その後、何ヶ月も「アメリカン・グラフィティ」は公開を見送られる。





1973年5月、

タネンはまだぐずぐずしていた。


ある時20世紀フォックスのアラン・ラッド・Jr (のちにスターウォーズを配給する男)が、

この映画の可能性にいち早く気づき、「もし公開する気がないのならうちで買い取りたい」と、タネンに電話してきた。

同様の電話をパラマウント社からももらい、思わず面食らうタネンは…、


『え!? これ、良いの?』。


さすがのタネンもここにきて、

ケツを蹴り上げられる形となり、ようやく配給に回す形となった。



第15章

一般公開。大ヒット!


1973年8月1日。

ついに『アメリカン・グラフィティ』は一般公開される。

ルーカスはハワイに逃げたが、カーツは深夜までかけて新聞の映画評を

読み耽った


どこも絶賛の嵐だった。


「本年度最も重要な映画」


「あなたを泣かせること必至」


劇場の方も、大ヒットだった。

口コミでじわじわというのではなく、あっという間の大ヒット。

最初ニューヨークやロスアンジェルスで大勢の客を集め、その勢いは、全く衰えないまま全米に広まった。


ひょっとして、タネンが公開を延ばしたのが功を奏したのかもしれない。

この映画はまさに、夏、ドライブ・イン・シアターで観るのがぴったりの映画だったから!)



 

結局75万ドルの超低予算で作られた映画『アメリカン・グラフィティ』は、

その年だけで5500万ドル稼いだ。


大成功だ。


大、大成功だ。


21世紀にはこの映画の通算興行収入は2億5000万ドルになる。

これは映画史上最高級の費用対効果だ。


ルーカスがちょっとした思いつきから始まったプロジェクトは、何はともあれいろいろ紆余曲折あったが、もはや誰も否定することはできない、

大大大成功に終わったのだ。

 

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エピローグ


1974年某日。

30歳になったジョージ・ルーカスはマリン郡にある自宅(アメグラのギャラで得た)

書斎にいた。

彼はたった今「ザ・スター・ウォーズ」と題された、次回作のシナリオの

第一稿を書き上げた。




そのオープニグ・シーンは

「敵の爆弾を受ける宇宙船」でも「逃げ惑うドロイド」でもなく

                    




…宿題のシーンで始まるのだ。




おしまい

 

 

 


参考文献というか丸パクリ、ジョン・バクスター「ジョージ・ルーカス」
&クリス・テイラー「スター・ウォーズはいかにして宇宙を征服したのか」。






  

メイキング・オブ・「アメリカン・グラフィティ」中編

第7章

 コッポラの功績?


コッポラの参加により、エージェントのジェフ・バーグはユニバーサルからさらに15万ドル引き出すことができた。 


コッポラは映画の質を保つために必要な人材を雇う。

彼はまず、ハスケル・ウェクスラーを雇い、オーディションの様子を撮影させた。


次にキャスティング・デレクターにフレッド・ルースを推薦した。

彼は「ゴッドファーザー」でアル・パチーノとダイアン・キートンを推薦し、

彼の最大の大当たりは若きジャック・ニコルソンを発掘したことだ。 

 

「自分は何もしないくせに、他人の仕事で私腹を肥やす」


コッポラにそんな批判が周りから噴出すると、彼は身を反らして反論した。


「私には実績があった。私の若い仲間たちはみんな文無しだった。私はその全員を引き受け、自分の持てる全てを使って、彼らのプロジェクトに資金を出したんだ」


『アメリカン・グラフィティ』での彼の取り分は300万ドルを超えていた… 。

 

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第8章

キャスティングとロケハン

 

キャスティングの席はルーカスにとって非常に辛い作業だった。

俳優たちに何と言えばわからず、質問は全てルースに任せた。

俳優から今の演技についてどう思うか聞かれると、彼は条件反射のように


「いいよ! 素晴らしい!」

と答えていた。



俳優は誰もが無名だが最高の役者が揃った。


スティーブ役のロン・ハワードは子役上がりで、当時唯一名の知られる役者だった。


隣町のホッド・ロット乗り役のハリソン・フォードは、当時大工仕事を主な

収入源にしていた


彼は「ギャラはいくらだい?」と尋ねると、「週400ドル」

フォードは仰天した。

「俺は大工仕事で週1000ドル稼いでるんだぞ!」

 

週500ドルになった…  。

 



キャロル役のマッケンジー・フィリップスは当時まだ12歳で、カリフォルニアの

法律により、

 カーツが撮影の間彼女の正式な保護者にならなければならなかった。


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 ローリー役のシンディ・ウィリアムスはオーディション当時既に20代中盤だった。


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そしてこの映画のヒットの一つが、ルーカスがウルフマン・ジャックを説得して、彼の出演に同意させたことだった。


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彼は当時活動していた本物のラジオDJだ。

しかしその素顔を誰も知らなかった。アメグラ以降、国中でおなじみの人になってしまった。

この映画の中で彼の声はどこにでも存在し、若者たちに語りかけ、道を説き、

 みんなを束ねる、神的な存在、「スター・ウォーズ」で言えばオビ・ワン・ケノービのような存在だ。

 

第9章

ロケーション


ルーカスはロケをモデストで行う気は最初からなかった。

旧友たちから「そこ違う」とか、いちゃもんをつけられるの嫌がったからと、71年当時、モデストは結構近代化が進み、のんびりした田舎町風情は失われつつあったのだ。

 

ロケはマリン半島の太平洋側にあるペタルマで行われた。

撮影は1972年7月の一ヶ月をかけて、毎日夕暮れから日の出の時間、強行軍で行われた。

映画の設定は、ある日の一晩を描くものだった。

つまり何度もなんども同じ夜を一ヶ月繰り返したわけだ。


物語の中心になるメルズ・ドライブ・インはあっちこっち探し回り、サンフランシスコのダウンタウンに見つけた。そこはカメラが180度旋回すると摩天楼や背の高いビルが丸見えするところだった。


ルーカスは撮影も自分でやろうと思っていたが、

すぐにウェクスラーに泣きついた。

 彼は映画で利益が出た場合、その一部を得るという条件で無報酬で引き受けた。


 

 

カメラ・カーはなかった。

移動ショットの時は、カメラマンが車のトランクの蓋を外し、そこに乗り込んで牽引している車のフロントガラス越しに撮影した。

 

サイド・ショットの時は、不安定な帯ひものつり革につかまって

片手でカメラを持ち、

 足はドアの上で踏ん張った状態で撮影した。

 

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 第10章

ルーカスの演出?


ルーカスは俳優たちに言った。

「これは僕が書いたものだが(台本)気にしなくていい。自由に喋ってくれ」



スティーブ役のロン・ハワードは述懐する。

「カメラはいつも二台で撮っていました(黒澤の影響かもしれない)

だからいつスクリーンに映るとも知れません。何かのシーンをやると、一瞬たりとも気が抜けませんでした」


 

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つまり、俳優たちに自由に演技というか会話をさせ、それをまるで隠し撮りのように撮る、ということかな?



ルーカスは言う。


僕が監督するのは編集室の中でだ」



 

 

 

 チャールズ・マーティン・スミス扮するテリーが初登場する冒頭のシーン。

颯爽とベスパに乗って現れたかと思うと、勢い余ってドライブ・インの壁に激突して停車。

あれは脚本には書かれていない、普通だったらNGシーンだ。

ところがルーカスは何回か撮ったテイクのうち、あえてこれを採用した

(しかしこれはテリーのキャラクターを伝えるナイスなシーンだと思う)


中盤、テリーとデビーが酒を買いに行くシーンでは、デビー役のキャンディ・クラークが

セリフを明らかに噛んでるシーンがあるが、これもあえてNGテイクを採用した。


俳優たちは言う。

『ルーカスはNGを待っていた』


でもこれには正当な理由があるのかもしれない。

つまり、とちったり間違えたりするの方が現実世界だから。

 



余談

チャールズ・マーティン・スミスは、

撮影の合間に、次回作のあるSF映画の話を生き生きと語るルーカスを覚えている。


『面白そうに思えたよ。

ウーキーという毛むくじゃらの生き物が出てくるんだ。

僕と(リチャード)ドレイファスはそれにも出してよと言ったんだが、

ウーキーは2メートルもあるから無理だって」




撮影は28日間かけて行われた。

撮影が終了するとルーカスはなんとか工面した金で、ささやかなパーティを

開いた。

そこで編集済みの素材を20分上映した。

大半の人は疲れ切っていたので出来の良し悪しを気にしてられる状態では

なかった。

誰もこの映画に特別な価値を見出せなかった。

上映が終わると、ハリソン・フォードだけが、


『こいつは大ヒット間違いなしだぜぇ!』


叫び声がこだました。



続く









  

メイキング・オブ・「アメリカン・グラフィティ」前編

プロローグ


中心はラジオ

 

 

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『グラフィティとはイタリア語。


壁に描かれた絵を意味する。

口が達者で笑えて。

文化をチェックする方法は人それぞれだろう。

服を見る人も居る。僕のやり方はロックのラジオを調べること。

それがアメリカのグラフィティなんだ』

byジョージ・ルーカス

 

 

 

 

 

~メイキング・オブ・『アメリカン・グラフィティ』~

 

 

 

 

 

第1章

ルーカス、記念すべき監督デビュー作、いきなり失敗?

 

1971年、ジョージ・ルーカス、記念すべき監督デビュー作『THX1138 』

興行的にあまり芳しくなく(最終的にテレビ放映権で黒字)

ルーカスを落胆させていた。

 

 

…と言ってもそれより問題なのは、

それを制作した、当時のルーカスの兄貴分、フランシス・F・コッポラの会社

アメリカンゾエトロープ(一応ルーカスはそこの副社長。肩書きだけだが)。

『THX』は会社にとっても第1作完成作品だったが、

会社はいきなり 経済的苦境に立たされていた。

 

 

ルーカスは喉から手が出るくらい新しい企画をほしがっていた。

 

ある日のこと、ルーカスと後のアメグラのプロデューサーになるゲイリー・カーツはレストランで話し合う。

その席で二人は、子供の頃好きだった宇宙を舞台にした連続活劇

『フラッシュ・ゴードン』のリメイク案を思い付く。

 

『あれを今、カラーで観れたらおもしろいよねぇ』

 

二人は夢中で語り合った。

 

ルーカスはさっそくキング・フューチャーズ社(著作権を管理してるトコ)に問い合わせてみる。

 

すると、実はキング・フューチャーズ社も再映画化を検討中だと言う。

しかしその監督候補にはイタリアの監督、フェデリコ・フェリーニを検討中

だと言われてしまう。

 

…うぬぬフェリーニぃ?』

 

巨匠フェリーニが相手じゃ、まだ一本しか作ってない新人ルーカスに

勝ち目はない。

 

アキラメルーカスであった…

がしかーし! この決断が後のあの誰もが知っているSF大作を作るきっかけになろうとは…! ま、それはそうと…)

 

 

第2章

元ネタはフェリーニ作品?

 

一度は落胆するルーカスだったが、

しかし、そこは天才ルーカス、ただでは起きません。

 

『フェリーニに盗まれたとしたら盗んでませんが)

だったら俺だってフェリーニから盗み返してやる!』

 

と言ったか言ってないかは知りませんが(多分言ってません)

 

 

 

ちょうどその頃コッポラからも

 

 『『THX』のせいで、みんなお前のこと冷たくて取っ付きにくい奴だと

 思ってるぞ、

今度はもっと明るい暖かみのある映画を作ってみたらどうだ?』

 

なんて助言も受けていたジョージ君。

 

『だったらお望みの物を作ってやるさ!』

 

 

 

 

それをふまえ、ルーカスが参考にしたのは、フェデリコ・フェリーニ監督、1953年公開映画

 

『青春群像』

 

原題『乳ばなれできない子牛』…。

ストーリーは、田舎でくすぶってる5人の若者が、ローマ行きの夢を語らいながらも、毎日のんべんだらり脱力した毎日を過ごしていて、

その中で一番思慮深く物静かな青年だけがラスト、ローマ行きの列車に乗り込む。

フェリーニの自伝的映画。

 

ルーカスは、彼の生まれ育った故郷モデストのある一日、ハイスクールの

学年の最終日に構想した。

 

主要メンバーは4人の男子。

うち3人は若きルーカスのパーソナリティが投影されている。

 

都会の大学に行こうか行くまいか迷ってる、思慮深いクリス。

カーレーサーが元々の夢だったことで、走り屋ジョン。

イケてないオタク気味のテリー。

そして卒業パーティのキングで、リア充男子スティーブは、若きルーカスには一番合ってないが、ラブストーリーの要素を加えるべく付け足された。

 

そして年は、1962年に設定した。

 それはルーカスが自動車事故ですべてが変わってしまったあの年だ

(大変な事故だったらしく、翌日の新聞で一面で報じられた)

タイトルは半分イタリア語の『アメリカン・グラフィティ』を思い付いた。

 

 

そう、これはアメリカのポンペイの火山だ!

 

 

 

第3章

ポンペイの火山って?


 


…、ポンペイの火山、ご存知でしょうか? 私は知りませんでした…。


 


ポンペイの火山とは、かつてイタリアのナポリにあった都市ポンペイで起きた

 大噴火のことです。

街が一瞬にして火火砕流に飲み込まれた古代都市で、その時生き埋めになった市民の遺体跡は、火山灰の中に空洞化して残り、考古学者がそこに石工を流し込み、ご覧のような形で復元されています。

 

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この市街地には壁や塀など至る所に落書きが描かれていて、

これをポンペイ・グラフィティと呼ぶ。


 


 


 


ポンペイ・グラフィティ…。


 


その意味は

 ”郷愁に満ちた銅版画”

 

 

 これをアメリカの1962年に設定し、10年前には存在した、失われたアメリカの

 美しい遺産を、映画で永遠のものとして記録したかったのだ。

 


 


なるほどっ! 

 

 だから元々イタリア語であるグラフィティという言葉にこだわったのか。

 ちなみに今では日本でも一般的に使われているこの言葉は、当時ではアメリカ人すら誰も使っていなかった。


 

 

「よぉ〜しっ、次の企画は決まったぞっ!」 





第4章

売り込み


 


さっそくルーカスはおよそ4ページの草稿を書き、業界内にばらまいた。


毎週月曜日にはロサンゼルスに向かい、脚本の草稿と予算案、下着と靴下と清潔なシャツを入れたブリーフケースを持って、スタジオ周りに繰り出す日々を続けた。


 


その中で、何らかの関心を示したのはユナイテッド・アーティスツの制作部長、

デビット・チャスマンだけだった。

 そんな彼も最終的には断りを入れる 。


ルーカスのエージェント、ジェフ・バーグは、脚本を完成させて、もう一度トライしてみてはと、アドバイスした。


ルーカスは大学時代の友人ウオルター・ハイク(後のハワード・ザ・ダックの監督!)とグロリア・カッツ夫妻に声をかけてみたが、その時彼らは別の映画監督の仕事が舞い込んだ時期で、断らざるを得なかった。


でもアンラッキーばかりではない。

 ゲイリー・カーツが企画進行役と、実現した暁にはプロデューサーを勤めてくれることになった。


 


丁度その頃、ルーカスに思わぬボーナスが舞い込む。

 『THX1138』がカンヌ映画祭に出品されたのだ。


主催者側は旅費も招待状もを出してくれなかったにもかかわらず、ルーカスは

妻マーシャを伴ってパリ行きのチャーター機に乗った(泣ける)


 


カンヌでルーカスはユナイテッド・アーティスツの社長デビッド・ピッカーと

 商談する。

以前デビット・チャスマンがアメグラに興味を示したのだから、そのボスに話してみるのも、あながち無駄でないだろうと考えたわけだ。


 


その席でルーカスはアメグラと、ついでに今構想中のSF映画についても

 熱くプレゼンした。

 

ピッカーは二人にとても良くしてくれた。

 彼は自分の映画すら観れないと言うルーカスのために自分のパスを渡し、ルーカスが好きなだけ映画が観られるようにした。

そして、会社に戻ったらアメグラを重役会議で推薦すると言ってくれた。

 更に脚本の第一稿に1万ドル投資し、その仕上がりが良ければ更に投資すると約束してくれた。

後日、その電話連絡を受け取った日は5月14日、それはルーカスの

 誕生日でもあった。


 


 


『やったぜっ!』


 


ルーカスはこの吉報をカーツに伝えると、彼らと同じ大学出身の

 脚本家リチャード・ウォルターを第一稿執筆に提案した。


しかし出来上がったそれを見て、ルーカスは愕然とする。


 


 


 


『これ僕の青春と全然違う…』


 


ルーカスは改め、ウオルター・ハイクとグロリア・カッツに依頼した。


 

 

 


第5章

D・ピッカー、ルーカスとの商談、あっさり忘れてる!


 


『考えてもみてくれ、あの席で私がどれくらいの商談をしたかを!』


 


ピッカーにとってそれは映画祭の間ひっきりなしに行われる、うんざりさせられる数の商談の一つに過ぎなかったのだ。


 

…ということは、

アメグラもそうだが、前述したようにこの席ではあのSF映画の企画も含まれていたのだが…。


後年ルーカスはピッカーに会う度ちくりとこう言うのだった。

 

 


『あなたはスター・ウォーズの配給をみすみす逃したんですよ』

 

 

 

 

 


 


第6章

ところであの人は?


 


…とここまでお読みいただいた方の中には、コッポラが全然出てこないことに疑問を抱いた方もおられるかもしれません。


 


そう、

 前述したように当時コッポラはルーカスの兄貴分。

 一番近くに居た筈の映画人で、だいたい前作『THX』は彼の会社で製作した

(コケたけど)


 あえて避けてる?


実はその頃のコッポラとルーカスのあいだには、ちょっとした、ほんとにちょっとした友情の亀裂があったのだ。


 


ある時のこと、


当時コッポラは『ゴッドファーザー』の撮影で会社を留守にしていた。

ルーカスは妻マーシャの仕事(編集。後にスター・ウォーズでオスカー受賞)と、アメグラの企画売り込みに一日中業界に電話をしていた。


後日、電話代1800ドルの請求書がゾエトロープ社のマネージャーからルーカスに届いたということ。


 


『友達にそんなマネをする筈がないだろう』


 


と、しらばくれるコッポラですが、その頃銀行の貯金残高が2000ドルだった

 ルーカスは怒りと屈辱感に苛まれた(パパに借金)

 ルーカスはなかなか彼を許すことが出来なかった。


 

 

 


閑話休題


 

 

 


ハイクとカッツ夫妻に頼んだ脚本の第一稿が完成した。

 改めてデビッド・ピッカーに、第二稿への投資を承認するよう求めたルーカスだったが、ピッカーったら、脚本をほとんどその場で却下した。


 

『がぁ~ん!』


 


ルーカスは激しいショックを受けた。


 


 


企画は振り出しに戻る。


ハイクとカッツには当面ギャラなしの出世払いで執筆を続けてもらう。




  第7章

ドアを開いたのは「イージー・ライダー」



脚本が完成するとコッポラに見せることも考えたが、やっぱり思いとどまる…。


そのかわりコッポラの師匠的なアメリカン・インターナショナルのロジャー・コーマンの元へ持って行ったが、コーマン曰く、

 

 『もっと暴力的にしたら考えても良いよ』。


 

…。

 


ジェフ・バーグはありとあらゆるスタジオに脚本を送った。


 


そして、ついについにユニバーサルのネッド・タネンがそこに可能性をみた。


 


というのも、1970年は街中のスタジオが『イージーライダー』の興行成績に舞い上がっていたのだ。


『これからは低予算の若者向け映画の時代だぜぇ! イェーイ!』

 

今や75万ドルで予算を組み、あとは賃金の安い役者、あるいはユニオンに加入していないクルーと、22歳の切れ者監督(デニス・ ホッパー)を用意すれば、それだけで映画が作れる(?)。

 


ユニバーサルも、ネッド・タネンを指揮に一本100万ドル以下の

 『若者映画プログラム』をスタートさせていた。

そこにアメグラの企画が引っかかったというわけだ。


 

ルーカスとカーツは、LAでタネンと会見。

 自らも車好きを公言するタネンに

 アメグラはアピールした。

ハリウッドきってのお天気屋。躁鬱病を自認するタネンは、この時は終止上機嫌だった… 。

 


タネンは重役会議でアメグラを押す。

 

この、『ミュージカル! ただし俳優が歌うのではない』

 一ページ目にデカデカと書かれた脚本の、

 最大の問題点は全編にちりばめられた楽曲の使用料だ。

 おそらくは50万ドルはかかるだろうというのがみんなの意見だった。

 



しかし、ついにアメリカン・グラフィティの製作にゴー・サインが出る。
制作費は60万ドル。
これはスタッフや俳優たちのギャラ、曲の使用料も含まれていた。


しかしそれだけではなかった。


もう一つ、ある意味恐ろしい、ルーカスを震え上がらす、いゃ〜な条件が

付いていた。


 


 

  第8章

コッポラ、ついに自作「ゴッド・ファーザー」を

実演!!

 

それはコッポラに制作者に名前を出させる事だった。 


つまり、会社の思惑は、映画のポスターに

『ゴッドファーザーを作った男が新たにお届けする』と印刷出来ることだ。


 

 


?????!!!!!! 




『ヤバッ!』





ルーカスは一瞬青ざめた。


 


『今更…、改めてフランシスに?』。



 

そう、どう考えても今まで、敢えて避け続けていたコッポラの元へ、今更。

しかもはっきり頭を下げなければならない形…。




「その時のフランシスは、さぞかし気分良かったと思うよ」


先ずはタネンがコッポラの元へ赴いた。

タネンはコッポラに、基本的に何もしなくていい。しかも20%の印税がつく、

(それはルーカスと同額だ)と言った。

コッポラはタネンの申し出を受け入れるのだが、

でもジョージが直々に頼みに来るならね、という条件付きで(怖っ!)


後日ルーカスはコッポラの元へ。



あなたは「ゴッドファーザー」のオープニング・シーンを覚えてるだろうか?

そう、

懇願に来た葬儀屋ボナセーラに、ドン・ビトー・コルレオーネは

こう問いただすのだ。



『なぜ最初から私のところに来なかった?』



つづく。








  

シナリオ研究 第23回『アメリカン・グラフィティ』

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1973年 アメリカ映画

脚本 ジョージ・ルーカス ウオルター・ハイク グロリア・カッツ

主演 リチャード・ドレイファス ロン・ハワード シンディ・ウイリアムス他

 

ハイコンセプト

狭い田舎町の一晩を舞台にした群像劇


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テーマ:1962年、ケネディ暗殺もベトナムもまだ知らない、アメリカが最も
美しかった頃(異論はありますが…)の郷愁。













  

シナリオ研究 第22回『ローマの休日』そしてオードリーヘップバーンという人

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1953年 アメリカ映画

脚本 ダルトン・トランボ

主演 グレゴリー・ペック オードリー・ヘップバーン

 

ハイコンセプト

某国の王妃がたった一人でローマの街へ繰り出す珍道中。

 

 

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テーマ:

イニシエーション

友情と信頼



 



…で、この甘くてかわいくてオシャレで、品のいいコメディも、

すこしビタで、なおかつ少女から大人への成長物語まで描いてる

ロマンティック・コメディの佳作に、

いきなり主役で大抜擢のアン王女こと


オードリー・ヘプバーン


この時23歳。


その圧倒的キュートさで、一夜にして世界中を虜にしたスーパーアイドルの

誕生


(特にここ日本が圧倒的に人気があった。その理由はおそらくこの映画で『王女が庶民に憧れる』というストーリーに、初めてハリウッドスターに親近感が持てた。ではなかろうか)


なんですが…。


彼女がこの映画に出会ったのは、ただのラッキーなシンデレラ・ストーリー

ではない、なにか

必然的なものを感じてしまうのです。





ところで彼女が生まれた1929年にはもう一人ある有名な女性が誕生

しています。







 

私はアンネ・フランクと同い年でした』






アンネ・フランク。


そうです。

第二次大戦中、ナチスドイツの魔手から逃れるため、2年間の隠れ家での恐怖生活を綴った、あの世界的大ベストセラー『アンネの日記』

著者アンネ・フランクです。


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『私はその日記のオランダ語で書かれたゲラ刷りを、1946年友達に渡され、

衝撃を受けました。


きっと初めて読んだ人は誰もがそう感じるでしょう。

でも、私はそれを本として読んだのではありません。


それは私の人生そのものでした。』

 







アンネ・フランクが1942年から44年8月までの2年間、オランダは

アムステルダムにあった倉庫の裏の隠れ家で

咳をすることも注意しなければならないほどの)

恐怖生活を送っていた同じ頃、


オードリー(本名エダ)は同じオランダ(当時のオランダはドイツの占領下)

アーネムに住んでいました(1977年映画『遠すぎた橋』はまさにこの時期この場所での起きた

市民を巻き込んだ戦闘を描いたものです)



 

駅に立ってユダヤ人が運ばれていたこと、貸車の上から覗いている沢山の顔を

見たこと、あれほど恐ろしいことはありません』


そして、そこで表向きはバレエに打ち込む普通の女の子(エダは非ユダヤ)…を装い、

対ドイツ・レジスタンス組織の連絡係もしていました。



街にうようよいるドイツ兵の間を暗号文を靴の下に忍ばせて外出したり、バレエの初リサイタルはレジスタンス運動の資金集めだったりするそうです。



『人はみんな恐怖心をもっていますが、ほとんどの場合それは遠い未来のこと

に対してです。でも私はこの目で見、耳で聞き肌で感じたのです』

 

 

44年8月、アンネと彼女の一家はナチスに見つかり、強制収容所に送られます。

そしてその半年後にチフスと呼ばれる病気にかかり亡くなりました。

わずか15歳という若さです。






そして45年5月ドイツ軍の降伏によりアーネムの街は解放。

エバの一家はユニセフの前身『アンラ』の援助を受けます。

これが後にオードリーがユニセフ大使を引き受け、飢餓に苦しむソマリア

に行った理由なのは言うまでもありません。





『戦争が終わった時、私は16歳だったけど、私は12歳で大人になりました』




その後は、バレエ学校の奨学金を得てイギリスへ渡り、

踊り子→舞台女優→そして映画へ。



『ありがたいことに私は戦争を生き延びる事が出来て、人間同士の関係が

何より大切だと悟りました。

冨や贅沢、地位やその他あらゆるものより』






もう一度本編アン王女のラストの台詞。



『友情を信じます。人々の友情を信じるように』


 


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シナリオ研究レポート 第21回『スターウォーズ/フォースの覚醒』

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2015年 アメリカ映画

脚本 ローレンス・カスダン JJ・エイブラムス マイケル・アーント

主演 デイジー・リドリー ジョン・ボイエガ ハリソン・フォード

 

ハイコンセプト

ルークを探して善と悪が競争する。

 

 

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テーマ:

フォースの覚醒(…ですよね?) 映画イラストブログ

 

 






  

シナリオ研究レポート 第二十回『東京物語』

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1953年 日本映画

脚本 野田高梧 小津安二郎

主演 笠智衆 原節子 杉村春子

 

ハイコンセプト

上京して久しぶりに会った子たちから疎まれ寂しい両親。

 

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テーマ:

『欲張りはいかん』『いやぁ〜ねぇ、世の中って』

『そうですよぉ、私らまだ幸せな方ですよぉ』 






  

シナリオ研究レポート 第十九回『リング』

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1998年 日本映画

脚本 高橋洋

主演 松嶋菜々子 真田広之 

 

ハイコンセプト

見たら殺される呪いのビデオ大騒動

 

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テーマ

テーマ:呪いの連鎖(…でいいのかな?)

 

  

シナリオ研究レポート 第十八回『サイコ』

 

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1960アメリカ映画

脚本 ジョセフ・ステファノ 

主演 ジャネット・リー アンソニー・パーキンス 

 

ハイコンセプト

見知らぬ土地のモーテルにたまたま泊まったらとんでもない目に遭う

 

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テーマ

自己罪悪、自己嫌悪を認めないのが一番恐ろしい。

 


シナリオ研究レポート 第十七回『波止場』

 

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1954アメリカ映画

脚本 バッド・シュールバーグ

主演 マーロン・ブランド エヴァ・マーリー・セイント ロッド・スタイガー

 

 

ハイコンセプト

元チンピラが成長し、一人腐敗と戦う。

 

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テーマ

圧力に屈しない信念。

 


シナリオ研究レポート 第十六回『エルム街の悪夢』

 

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1984アメリカ映画

脚本 ウェス・クレイブン

主演 ロバート・イングランド ヘザー・ランゲンカンプ

 

 

ハイコンセプト

若者たちの夢(恐れ)に侵入する殺人鬼。

 

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テーマ

悪夢=恐怖心との戦い、克服。

 


シナリオ研究レポート 第十五回『ベイブ』

 

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1995 アメリカ映画

脚本 クリス・ヌーナン ジョージミラー

主演 ジェイムズ・クロムエル

 

 

ハイコンセプト

宿命に逆らった子豚のサバイバル

 

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テーマ

 食べられないために、自分にしか出来ない仕事を見つけ、生き延びる。

ちなみにトイストーリーのテーマは『自分を知り、そのフィールドでがんばろう』だった…。

 

  

シナリオ研究レポート 第十四回『レザボアドッグス』

 

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1992アメリカ映画

脚本 クエンティン/タランティーノ

主演 ハーヴェイ・カイテル ティム・ロス他



あらすじ

ある銀行強盗のために集められた凄腕集団の中に

おとり捜査員が混じっていたことから生じる、

非情でバイオレンスで悲しい世界。

 

ハイコンセプト(どんな映画


銀行強盗事件が失敗したことで、その中にまぎれていた潜入捜査官と

捕まえる筈の強盗との不思議な情。



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見所


斬新な時間軸(編集)

憎むべく筈の相手に情が芽生えてしまう道理を超えた人間の哀しさ。

 


シナリオ研究レポート 第十三回『羅生門』

 

 

 

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1948年日本映画

脚本 橋本忍 黒澤明

主演 三船敏郎 京マチ子 森雅之他

 

 

あらすじ

時は平安時代。

とある森の中で起きた殺人事件を巡り、

当時者三名の証言が食い違うことで浮かび上がる、人間のエゴイズムを暴くドラマ。

 

 

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このシナリオの第一槁は、当時国鉄のサラリーマンだった橋本忍が書いた、芥川龍之介の『薮の中』を脚色したものになります。


それをたまたま目にした黒澤明に気に入られたんですが

『これ良いけど、短いね』


と言われ、じゃあってんで、同じく芥川龍之介の『羅生門』をプラスして、はれて制作となったいきさつだそうです(で橋本忍さんもはれてプロの脚本家となりました。恐るべき才能と運)


ラストの赤ん坊のやり取りは映画オリジナルです(捨て子を育てようとする優しさ)。

これは黒澤の甘さがでちゃったシーンみたいです。

つまり見栄や自分の保身ばかりが人間の本性じゃ悲しすぎる、ってことで、黒澤自身もそれを問われて後にインタビューで漏らしています。


『まあでも、ああでもしなきゃ話が終わらないしぃ〜』





見所(私的)


『一人の女を巡り、二人の男が闘う』


…、なんかこれ、すごい野性的と言うか、動物的と言うか、かっこ良くないですか?


  


シナリオ研究レポート 第十二回『バットマンリターンズ』

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脚本 ダニエル・ウォーカー他
主演 マイケル・キートン ダニー・デビート ミシェル・ファイファー他


あらすじ
架空の街ゴッサム・シィティを舞台に、夜な夜な悪を懲らしめて回るバットマンと
ペンギンとキャットウーマンの三つ巴の愛憎劇(?)。

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お疲れさまでした。

 

この作品の見所


敵である筈のペンギンとキャットウーマンが

単純な悪ではなく、むしろ観客が感情移入してしまうような

悲しみを背負ってるとこ。

そしてそれを爆発させるトコロ。


さらに、


主要登場人物

ブルース・ウエイン(孤独な大富豪/コスプレ独善男)、

セリーヌ・カイル(孤独な秘書/コスプレ女)、

コブルポッド(悲しい出生/コスプレ男)、

ついでに黒幕シュレック(実業家の大富豪)ですら、

みんな実は似た者同士。善と悪が紙一重ってトコロ。


2作目なので、単純な勧善懲悪でなくなった。



シナリオ研究レポート 第十一回『スター・ウオーズ エピソード4』

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脚本 ジョージ・ルーカス
主演 マーク・ハミル ハリソン・フォード キャリー・フイッシャー他


あらすじ
遠い昔遥か彼方の銀河系。
大宇宙を舞台に悪い軍団と戦う善い人たちのお話。

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SF映画の金字塔、1977年公開『スター・ウォーズ』。

これはジョージ・ルーカスの原案から始めたで完全オリジナルシナリオで作られました。


※『神話なき国アメリカに、神話を作りたい』


そしてこの原案に大きく影響を与えたのは

ジョーゼフ・キャンベル著『千の顔を持つ英雄』と言われています…)


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世界中にあまたある英雄物語、神話おとぎ話を研究した神話学研究の名著(だそうです)



キャンベルは研究を通してある法則に気づきました。


それは世界中にある、それこそ千以上もある英雄物語は全部似た構造で出来ている。

つまりみんな同じ顔


そしてこの構造とは、以下の12に要約できる。


1、日常生活 悶々としている


2 冒険への誘い


3 冒険への拒否


4 賢者との出会い


5 戸口の通過 新しい領域に入る


6 試練、仲間、敵


7 最も危険な場所への接近


8 最大の試練


9 報酬


10 帰路


11 復活


12 宝をもっての帰還


見た人はすぐに気づく。

『これスターウォーズ』じゃん。


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お疲れさまでした。


 

で、今回改めてもう一度見直して思ったことは、この映画最大の成功の要因は、

ハン・ソロって奴を主役級のキャラにしたことじゃないのかな。


というのもこれは本来ルーク・スカイウォーカーって少年が修行して成長して英雄になって仲間たちの助けもありながらも)、悪を倒すって話で、ハンって奴はそれほど重要キャラでもなかった筈。

もっと言えば本筋とはあまり絡まない居なくていいキャラ。


しかし彼を主役級にしたのは大大大正解。

やはりみんな英雄やらお姫さんやらフォースがどうのじゃ観客に敬遠される恐れがある。


これはそもそもジョージ・ルーカスが考えた当初のアイデア、

『自分が子供の頃好きだった『フラッシュ・ゴードン』や『バック・ロジャース』みたいなわくわくドキドキの連続活劇もの、それを復活させたい』

その思いから来ていると思われます。


つまり、最初から神話云々と言うわけではなく、ありとあらゆる所から吸収しようとして神話にたどり説いた、ということだと思います。


神話プラス冒険活劇、それが『スター・ウォーズ』です。

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シナリオ研究レポート 第十回『ゴッドファーザー・パート2』まとめ

まとめ3

 

ハイマン・ロス


相棒モー・グリーンの復讐に、コルレオーネ邸襲撃→失敗。

ロサト兄弟にフランクを暗殺させようとし(この時マイケルが宜しくとよ!』と、ロサトに捨て台詞を言わせる)、殺さず公聴会マイケルを陥れる→失敗。

 

バチスタ政権への投資でマイケルから200万ドルを受け取った後で暗殺→実行ならず。

 

 

マイケル。


ギーリー議員と手を組み、ファミリービジネスを合法に近づける。一度拒否されるが後で力づくで。

キューバでロスを暗殺→失敗(事前に手配していた憲兵隊に阻止される。という事は、ロスは最初からマイケルが200万ドルを渡さないのは分かってた?)

フランクの兄を人質に取り公聴会で窮地を脱出。

基地で守られているフランクに面会。『家族を守ってやるから自殺しろ』と、遠回しに提案。

ロッコを使いロス殺害。多分フランクと似たような事言ったんじゃね?



 

いずれにせよ、自分を殺そうとしている相手と、平静を作り接しなきゃならんビジネスは…しんどそう


ではまた何時の日か…。

  
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